有馬温泉

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ありまの湯

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「イラスト ユニ」
へようこそいっらしゃいまし。

当サイトのナビゲーター担当のケイコと申します。
今回は 有馬温泉 を紹介させていただきます。

湯泉とうせん神社 (とうせんじんじゃ) という有馬町に6−7世紀に創建された神社の縁起によりますと 温泉は神代の時代に見つけられたと記されています。
つまり文字伝来はるか以前から湯治場とされていたようで 日本最古の温泉郷とされます。
この点では四国の道後温泉 和歌山県の白浜温泉と並ぶとされます。       いずれも西暦720年頃完成した日本書記にはすでに ”古湯” と記載 され いかに起源が古いのかが分かります。

文字伝来以後はさまざまな文献にその名前が記載され 広く知られるようになりました。  有馬温泉は庶民のみならず古代の 皇族 貴族 文化人にも 深く愛されたという格式の高さを誇ります。

<提言>  各地の温泉郷に 水着着用の湯治場 の設置を提言します!


<日本の名湯さまざま>
古来から名湯と言われる 名だたる三つの温泉郷の名前が挙げられてきました。 

日本三古湯
・・  道後温泉 有馬温泉 白浜温泉 ・・・ (日本書紀)
日本三名湯
・・  榊原温泉 有馬温泉 玉造温泉 ・・・ (枕草子能因本)
日本三名泉
・・  草津温泉  有馬温泉 下呂温泉・・・ (林羅山ー江戸期)
日本三大薬湯
・・  草津温泉 有馬温泉 松之山温泉  ・・・  

お気ずきでしょうが さまざまな名高い温泉郷が各三つずつ挙げられていますが 有馬温泉だけはそのいずれにも含まれているのですね。

<有馬温泉の泉質   金泉 と 銀泉>
泉質は三種あり代表的なのはイラストにあるような色の鉄ナトリウム泉です。  珍しい泉質で初めて訪れた方は その色にびっくりして はじめは入るのをためらうこともあるようです。
この湯は ”金泉” と名ずけられています。
もちろん透明な湯もあり 炭酸泉 ラジウム泉などで ”銀泉” と呼ばれます。

有馬温泉 有馬温泉

有馬温泉 は港町である神戸市の北部にあります。
有馬温泉の名は知っていても 兵庫県有馬温泉 と認知され 神戸にあることを知らない人達が多いのは面白い現象です。  これも神戸の 奥深さの一つかもしれませんね。

<有馬温泉に関する記述例>  
文字が伝来した以降は さまざまな文書にその名が登場します。

日本書記 には 舒明天皇 孝徳天皇 が行幸し数か月滞在されたと記述されています。
風土記 には 有馬の郡に名湯あり といった記述があります。
万葉集 にも登場します。
清少納言 は 枕草子(能因本)に日本三名湯として言及しています。
百人一首にも
「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を忘れやはする」
    (紫式部の娘 大弐三位の作歌) という名歌が採用されました。  有馬山とは有馬温泉郷を囲む山々です。

明治以降の2−3の例をあげますと
文豪 谷ア潤一郎は名作「細雪」 などで有馬温泉の名をたびたび登場させています。
与謝野晶子 は「兵衛」 「御所坊」という有馬温泉の実名の旅館名をいれた和歌を詠んでいます。

豊臣秀吉 は戦国時代の戦乱で荒れたこの温泉地を復興させ 湯治場として愛したとされています。
その正妻 ねねの方  はこの地に別邸を建てています。
千利休 はこの地で茶会を催しています。

江戸時代には名湯番付で <日本最高位> にランクされていました。
西の大関というランクでした。  横綱という位が無かった時代で大関が最高位で また京都が首都だった頃なので西が東より上位とされていました。   つまり番付一位です。

これほど古くから 格式が高く かつ庶民にも親しまれてきた温泉街は他に類例がありません。




<有馬温泉街の古い街並み>
有馬地区は温泉のみが強調されることが多いのですが 街並も十分に観光地としての価値があります。  湯本坂 と呼ばれるあたりを中心 にとても古い街並みが大事に保存されています。
昭和でも昭和初期 大正 明治の町に迷い込んだような気分にさせてくれます。
こぎれいで垢抜け過ぎたたところがどこか不自然な観光用の古い街並みの所は多いのですが ここでは実際に古い建物がそのままなのです。
さほど広くはないにしても これだけでもなかなかの観光スポットといえます。  

有馬温泉 有馬温泉 有馬温泉 有馬温泉

<有馬温泉にある古い社寺>
古い歴史を持つだけに有馬町には古い社寺が多くあります。
中には6−7世紀に創建のきわめて古い神社。(温泉神社 温泉稲荷神社)。
同じく6世紀に聖徳太子の創建によると伝承される寺院。(極楽寺)。
があります。
その他の社寺もかなり古い時代に創建されたものばかりです。  地域の面積が限られるためいずれも 小ぶりな社寺 が狭い地区にひしめく ように集中し全部で8−9箇所にも達します。

<古い街並み> <古い社寺> をあわせるとまるで全国でも有数の <小京都> といえます。    神社仏閣は 実際には京都のものより古い起源を持つものが中心です。
温泉ばかりが強調されて 小京都の雰囲気があまり知られていないのは残念に思われます。
これらを訪れるだけでも大きな意味があり 温泉とは別途にしても 有馬の町を散策にだけでも訪れてみる価値があります。

尤も 古いものだけではなく 多くのホテルなどは鉄筋コンクリート建築です。 そうした建物の間に古い街並や神社仏閣が囲まれるように 存在しているという意味です。

ただし・・・
狭い地域のため 壮大な自然 の眺望が望めるというわけにはゆきません。

<三羽ガラスと有馬温泉>
有馬温泉 一芸にすぐれた三人を並べて 三羽ガラス といいますね。
有馬温泉の守護神とされる 湯泉神社(とうせんじんじゃ)の伝承によると 神代のころ二人の神が 傷ついた三羽のカラスが有馬の湯に浸かって傷を癒して いるのを見かけその薬効に気ずいた ということから出た言葉とされます。

今は故事と違うニュアンスですが 三羽ガラス という言葉そのものは 有馬温泉の伝説の故事に由来するのだそうです。



「ああ。いい湯だな」

. . . . .



≪ノジギクと有馬温泉≫
有馬温泉地区はノジギクという日本の代表的な野菊の小さな群落が数か所あることが分かり
 ”日本で最も東ないし北に自生するノジギクではないか?”
という貴重なものであることがわかってきました。   自生点の例は

龍泉閣/有馬離宮入り口付近にかなり多数
湯山稲荷大明神あたりに少数ながら きわめて貴重な存在。
また瑞宝公園への途中の2−3の人家の庭に近隣から採取したらしいものが栽培されているのを見かけます。

残念ながら いずれも消滅寸前のみじめな状態にあります。
有馬六甲地区では ヒチダンカ その他の希少植物が幾つか発見されてきていますがこの貴重な有馬の野菊がなぜ見逃されてきたのか 不思議です。

ノジギクとは :  花径2.5−4センチほどの白い野菊で11ー12月に開花します。  分布は兵庫県を東限及び北限(最も東および 北の限界) として西日本の瀬戸内海側に分布します。
兵庫県では県花に指定されているほど美しい野菊です。    一株あたり数十個の花を咲かせるので 群落があると息を のむほどの壮麗な眺めになります。

”有馬原産のノジギク” をさし木などで増やして道路脇や空き地や 場合によっては花壇など あちこちに植えると晩秋には紅葉と並ぶ観光の呼び物になるのではないでしょうか。

(ただし他地区の野路菊を移入するのは貴重な生態系の破壊となるため厳禁です)

有馬地区で採取された野路菊 ↓
ノジギク ノジギク

ノジギクのイラスト
ノジギク ノジギク ノジギク 有馬温泉
有馬温泉の関係者の方々はこの貴重な野路菊に少しは関心を持っていただきたいものです。


ついでながら・・・
寺田町とよばれる道の北よりに ヒヨドリバナ といわれる野草の乏しい群落がありそこで渡りをする 驚異の蝶 ”アサギマダラ” を見かけたのは非常な驚きでした。

ヒヨドリバナはこの蝶の重要な蜜源で増やす努力がなされる地域は多いのですが 有馬地区ではくだらない 雑草として伐採され姿を消しつつあるようなのです。

地区の方々は もう少し有馬地区に残る貴重な自然を大切に守ることを考えていただきたいものです。
ひいては当温泉へお客さんを呼ぶことにつながるのではないでしょうか。

最後までご閲覧ありがとうございました。


有馬温泉は兵庫県有馬温泉として認知され 湯治客と話してみると 「え?。ここは神戸?」 と驚く人たちが少なくありません。
市街地とは六甲山脈の山々を隔てた いわば山奥にあり 港町神戸とは別世界の全く違った雰囲気です。
港町神戸の北の端にちょっとした 小京都 があるとは面白いと思われませんか?

古い事物が少なく観光地としての呼び物に乏しい神戸市にとってはまるで宝物のようなものです。
また神戸北部の雇用にも大きく貢献しているのです。


<ケイコの提言>
各地の温泉郷に水着着用の湯治場を !!
 

温泉は日本だけではなく世界中の人達に愛されており、各国にはさまざまな形態の湯治場があります。
複数ないし大勢で入るものには  日本のものに類似したもの、 温水プールといったもの、 温泉 ではなく冷泉であるもの、 などさまざまです。
しかしそうした公衆の温泉場で 日本以外で共通しているのは ”水着着用” なのです。
逆にいうと日本は ”素っ裸” で入浴する風習のあるきわめて稀な国です。

最近は観光客誘致の効果があり 多くの外国人が日本の各地を訪れます。  日本各地の温泉も例外でなく外国観光客を大歓迎しています。

温泉場は素っ裸で入るのこそ日本文化だ という主張があります。  また湯をきれいに保つためには裸入浴でなくてはならない という主張も あります。
しかし そうした日本側の理窟 が総ての訪日外国人の理解を得ることは難しいと思われます。    また日本は ”ヌーディストの国” だと誤解を受けることは 良いことではありません。

そうした外国人の ためらいや驚きを少なくするためには 各地の温泉郷では 水着着用 の公衆の湯治場をどんどん設置すべきではないでしょうか?   外国 観光客誘致に熱をいれるのなら温泉郷も ”国際化” をはかるべきです。

また水着着用の温泉場が増えると かえって日本人の間でも人気を呼ぶのではないでしょうか?
そうした場は開放的で男女混浴もできます。   男女別々の浴槽も必要ではなくひとつですみます。

<*>
日本人が公衆の浴場でも素っ裸になる風習はいつの頃から始まったのかはよくわかりません。
浴衣の原型といわれる 湯帷子(ゆかたびら)  は太古では入浴時に着るものだったのです。
つまり太古の日本人は人前では肌をさらすことを恥と考え 湯帷子 を着たのです。
現代の日本人と大きく違い 太古の日本人は奥ゆかしかったのですね。

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